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colums会長のコラム

会長のコラム 190

 6月のコラムです。早いもので衣替えの6月となるも、暑かったり寒かったり、不順な気温に、私の住む高齢者マンションでは住人の亡くなる方が目に付く6月でした。
今年も半分が経過し、今年の折り返しとなります。毎年のこと、今の時期にその気にならないから、秋は釣瓶落としなどと言われます、今からその気になって悔いないようにすること肝要と思うのです。
さて、初めにオーディオの話であります。オーディオ機器の中で「音質」に一番大きく影響するデバイスは、スピーカーを置いて他には無いと言うのが私の持論であります。
オーディオ文化の揺籃期にHi-Fi ブームと言われ始めた当時のこと、スピーカーと言えばPA用を除くとシングルコーン・ユニットのフルレンジ型が普通でした。そこには今でも名機と尊ばれるものが有ります。
やがて、ステレオ時代になり、ステレオ再生に優れたシングルコーン型スピーカーはステレオ再生に最適な条件でした。やがて庶民が、経済的に余裕が出て来ると、広帯域スピーカーを求めるようになり、マルチ・ウエイ・スピーカーへの移行が定常化し、スピーカーにネット・ワークが組み込まれるようになります。時代が進んで、ステレオ再生が当たり前の世になると、シングルコーンが良かったなどという懐古志向となるのは、ネット・ワークが組み込まれるようになったスピーカーによるものと考えます。
その結果として、最近のスピーカーを見ると、ほとんどの商品が縦型となるのですが、この現象を如何解釈しますか。これ外観デザインの流行ではありません、ステレオ再生は音場定位なくして語れません、その音場定位を求めるために、同軸ユニットの特性が再評価され、フェィズリニアー等の新しい考え方が出て来るのですが、L R スピーカーの位相の揺れを抑えて、さらなるステージの見通し(ステージ感)を求める結果なのです。ユニットのバッフル平面での音響回析効果対策で、平面バッフルを避けるために球面状にしたり、平面を極力小さくします。その結果、キャビネット容積が責められ小さくなりますから、低音増強の手法としてポートを設けるのですが、設置された部屋の環境などとの相性で問題が生じてくるのです。これが、私は違和感を覚える原点なのであります。昔のフルレンジ・スピーカーが懐かしく、昔の名前で出ています的な商品を褒める感覚も理解の範囲であります。
そして、問題の原点はネット・ワークへと続き、その解決策はチャンネル・アンプシステムであるべきと続くのであります。この問題は、長くなるので次回 コラム191 に回すことにします。

さて次に、コンサート・ライフです。
5月の末日30、31 の両日に特別な思いとなるコンサートを書き残したので、それから始めます。
5/30 チェコ大使館に於いて、黒沼ユリ子さん率いる仲間との弦楽四重奏団の演奏会が、行われて行って来ました。
リーダーで第一バイオリン奏者の黒沼さんは、1962年プラハ音楽芸術アカデミーを首席で卒業され、世界各地で活動される世界的なバイオリニストであられます。なかでもメキシコでの30余年にわたる「アカデミア・ユリ子・クロヌマ」を創設しバイオリニスト養成に貢献したことは特筆で、皇后さまのご信頼を得る大きな業績となっています。
四重奏団のメンバーは、黒沼さんの国際音楽活動に協力し続けてきた同胞と言うものでしょう、そのメンバーを紹介しますと、第2バイオリンが山森陽子、武蔵野音大卒業後シティーフィルの首席などを務め、コンクール審査員なども務めている人です。
ヴィオラが植村理一、東京芸大卒業後米国、ヨーロッパで活躍し現在は東京芸大講師を務めている人です。
チェロが宮澤等、国立音大卒業後オランダで活動、その後国立音大講師を務められている人です。
当日の演奏曲目が、ドヴォルジャークの「アメリカ」、スメタナの「わが生涯より」の2曲でした。黒沼さんは、歳のせいで左手の弦の抑えが不自由となり、演奏活動は止めると仰っていまいすが、このスメタナの「わが生涯より」はその様な状況にも関わらず敢えて演奏するあたり、特別な思いによるものでしょう、決して手抜きをしないプロ根性には、感服してしまいます。
この演奏会は、チェコ大使館の主催でありますが、私はこのメンバーによる演奏を以前にも聞いています。お年を召されて云々などという現象は、感じたことありません。
黒沼さんには、ご主人のご健在な時期からお付き合いさせて頂いていまして、千葉県御宿町のメキシコの家のオーディオ設備にご支援させて頂いております。レコード、ビデオコンサートなども開催していますのでお立ち寄り頂けると幸甚でございます。

5月31日 木曜 横浜のライブハウス「バーバーバー」にて北村英治クインテットのライブを聴いて来ました。我々青春時代のことですが進駐軍ソングが一段落し、ベニーグッドマンのスイングジャズに夢中だった時代があります。日本人奏者の北村英治は、外国人アーティストに負けない演奏力に誇りを感じつつも、我々学生時代のダンスパーティーの定番で、楽しい時代を彷彿としたものです。この人は、昭和4年生まれと言いますから半端な年寄では有りません。北村英治が横浜に来るたびにライブに行くのですが、来るたびに年を感じさせられるのは仕方ない事と思いつつ我が身に換算し、氏のように悔いの無い人生を全うしようと、手本にして横浜に来る限り、北村英治のライブ演奏には必ず行くことにしています。
当日の演奏メンバーは、リーダーのクラリネットが北村英治、ピアノとボーカルが高浜和英、ドラムが八代邦義、ベースが山口雄三 以上の定番メンバーでありました。

6月9日 グランドプリンスホテル高輪内 のイル・レオーネ にて恒例のオペラ高輪会が12時開宴・12.30開演で行ってきました。当プリンスホテルは、リニューアルして、外観こそ変わり無いものの、雰囲気はすっかり変わってしまいました。一見豪華風なるものの以前のようなアットホームな感覚は無くなってしまい、これって外国人相手の一元客を目あてのデザイン、見え見えと言うものであります。
高輪会の恒例会場であるイル・レオーネも以前のようなレストランではなく、名前は変わり無いのですが、運営は宴会場の一室のようです。料理も通り一編のフランス料理で、形ばかりは立派でも味に魂は無く、料理にはガッカリでした。
肝心のオペラですが、力の入った企画は相変わらずと言うよりも、一層の力の入れようを感じました。公演の曲は、ヴェルディー/オペラ「リゴレット」で、素晴らしかったです。主催の語り役宇垣さん、そして台本構成の林完さんの力作ぶりは見事であり、会場の不満を払拭してくれる出来栄えでありました。
リゴレット役が、ベテランで常連の 泉良平、マントバ公爵が若手実力派の 城 宏憲、ジルダ役が 迫田美帆、マッダレーナ役が 杣友恵子、そしてオーケストラ役が何時ものピアノ 藤原藍子 でした。
オペラ/リゴレットは、ヴェルディーの作品の中でも傑作とされるもので、私には椿姫、トロヴァトーレ、そしてこのリゴレットはトップクラスの作品と思います。特にリゴレットの四重唱「美しい愛らしい娘よ」は、私事ですが、余命乏しいときにはつまみ食いで結構ですから聞かせて貰いたい曲であります。
マントバ公爵を演じた城さんは、音楽学校でチェロを学んだ人ですが、声楽に目覚めスピント・テナーを歌うようになった人で、高輪会には何度か出演しており当日も素晴らしい歌を聞かせてくれました。迫田さんは初めての出演ですが出番の多いジルダ役のソプラノを何の気張ることなくスムースに声を出すこの実力には将来を期待する才覚が見えて楽しいひと時を過ごしました。リゴレット役の泉良平さん、日本のレオ・ヌッチと言われる実力は流石であり、当日の舞台をこの上無く価値あるものに昇華してくれました。

6月22日金曜 東京文化会館にてイタリア・バーリ歌劇場の日本引っ越し公演に、18:30開演でヴェルディー/オペラ「イル・トロヴァトーレ」に行って来ました。
この公演には、当初のソプラノ歌手に バルバラ・フリット が予定されておりましたが、当日何の予告 お詫びのアナウスもなく、代役のスヴェトラ・ヴァシレヴァのチラシが入っているだけ、オペラに代役は付きものですが、当初の予定にも無い代役でした。
しかし、合唱団をも引き連れた公演はイタリアの風をも感じるもので、ヴェルディーの名作オペラを楽しむことが出来ました。
イタリア・バーリは、ローマ時代の東方に向けた港町ブリンデッチを終点とするアッピア街道、その終点地の少し北に位置し、家内と気ままにガイドを雇い旅行した地でありました。しかし、この地でひったくり犯に襲われ、タスキにかけたカバンを強引にひったくられ、身体ごと引きずられ、カバンの金具が壊れたおかげで、小指の骨折で済んだという嫌な思い出の土地です。その地のオペラ劇場の公演ですから、行く気になれなかったのですが、バルバラ・フリットの出演と聞いたから行ったのです。と言うことで、この地名は、私にとっては絶対に信用の出来ないトラウマと化しました。
この時の旅行に少し触れましょう。私、塩野七生の小説「ローマ人物語」の愛読者でローマ街道の中でも一番古い街道のアッピア街道の終着地に行って見たかったので、ミラノ空港で知り合いのガイドと待ち合わせ、ブリンデッチに飛び古代ローマの遺跡を見学し、アルベルベッロや近くの洞窟の町などを見学して、バーリに宿泊しこの災難に会いました。翌日は、鉄道でナポリに向かう予定でしたが、すっかり気が滅入ってしまい、タクシーをチャーターして予定をリセットし、予定外のポンペイやソレントを回る旅になりました。ソレントから青の洞窟に行きたかったのですが、運悪く波が荒いので船は行かないと言います。それでこの地でブラブラすることにしたのですが、これまた楽しくて滅入った気も晴れ、最高の収穫で、次回はもう一度ソレントで、そしてその上の地アマルフィーに行ってこのブラブラ滞在をしたい、そして見損なった青の洞窟へと、家内と話していました。しかし、その後、私は脊柱管狭窄症を患い、家内は脳内出血を患い、健康を戻したものの何か気が進まないことが続き、これ以来海外旅行には行けずじまい、未だに実現していません。
バーリ・オペラ劇場の公演録から、取り止めの無いコラムになってしまいました。今でも期待し続けるイタリアでありますが、何とも複雑な気持ちで有ります。

鈴木信行 :すずき のぶゆき

昭和45年勤務先のアイワ株式会社をスピンアウトして独立。

磁気記録に関る計測機器の製造販売の事業を開始し、その後カーエレクトロニクスの受託設計の事業を始める。

何れの事業も順調に発展したが、会長の永年の思いであった、ハイエンドオーディオの自社ブランドを立ち上げ、現在はカーエレクトロニクスの事業を主とし、協同電子エンジニアリング(株)として運営している。

現在、協同電子エンジニアリング(株)の取締役会長として、趣味のオーディオを健全に発展させたいと真摯に研究し、開発に勤めている。

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